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いくつになっても今日がはじまり

羽生章洋の個人的な記録

自炊や電子書籍についての雑感

最近、電子書籍や自炊(何でこれが一般用語として定着しちゃったんでしょうねw)の話題が賑やかです。一応、私も書籍を何冊か書かせていただいてます。ほぼ技術書ばかりですけど。なので、著者の立場から少し思うところを書いてみようと思います。

まず、私は基本的に電子書籍も自炊も賛成派です。電子書籍は便利だし、自炊は購入者の勝手だと思うからです。そりゃもちろん私も、自著を目の前で裁断されたら多少はセンチメンタルにもなるでしょうけど、ブックオフで見かけたときのショックと、ブックオフに出してもらえるということは取り敢えず買ってはもらえたんだ、という妙な嬉しさとか鑑みると、まぁ著者がどうこういう話でも無いと思ってます。

電子書籍の便利さという点では、書籍ではありませんが、WEB+DB PRESSという雑誌に6年間記事を執筆してきて、これは総集編DVDというものに全てPDF化されて収録されていて、これが便利なんです。紙は、それはそれでいいのですけど、別の選択肢もあるほうが、より豊かになるのは間違いないと思っています。

あと、これは私が技術者出身であり、また著述業が本職ではないからなのかもしれませんが、基本的に専門書はコスト面で割に合わないことから、部数が少なく絶版になりやすいということもあり、だったら電子化されて残り続けるほうが、未来の人たちの役にも立つのではないかとも思ったりします。

で、電子書籍については、例えばAppleiTunesで音楽をアルバム単位から一曲単位へと価値観を変えたように、特に技術書などでは章単位での販売などが実現するかもしれないと感じたりしています。小説でも短篇集だったら、一篇ごとに販売してはならない理由もない気がします。

誤字脱字あるいは最新情報への対応などのアップデートが容易というのも、デジタルでの利点だと感じています。まぁ、パーフェクトな仕事が出来ればいいのですが、なかなかそうもいかないのが現実で(^^; 例えばブログなどであれば、関与してるのは私一人ですし、何かあれば自分で訂正すれば終わりです。ですが、書籍というのは実に多くの方の手が関与してますし、複雑な工程を経て作り上げられています。

例えばソフトウェアで素人目には「これくらい簡単やろ、さっさと直せや」みたいなものに限って根本的にきついケースがあったりするのと同様に、あーここなぁ、と思ってもそれをいじるとなるとあれもこれもと連鎖して割に合わなくなるというケースも実はあります。ぶっちゃけ稼働中のシステムにバグがあるからといっても、ただちに影響がないなら止められないというか平常稼働を続けざるを得ないみたいなケースがありますが、それに近いものがあります。これは製作過程だけじゃなくて、印刷製本流通の工程にまで及びます。…あー、こういうことを書くと言い訳がましいですけど、実際言い訳の面もありますがw まぁ事実でもあるわけです。

ページ数の制約とかってのもやっぱりコスト面であったりするし、ページレイアウトを1ページいじって溢れちゃうと大変とか。図版もあれやこれやとか、もう何が何やら状態になることもあります。

で、これがデジタル化によって、解決できるんじゃないかという期待があるんですね。ぶっちゃけ印刷コストを考えると、このページ数に抑えてくれないと困ると言われる一方で、でも少なすぎるのも勿体ないから上限いっぱいまでは書きましょうとかw そういうのってフォーマットがEPUBだろうがPDFだろうが何だろうが、事実上関係なくなる。内容さえいけてればほんの数ページでもリリース出来る。そういう薄っぺらいものは、逆に書籍として流通させるのは難しいわけです。

そして、これは紙の枚数だけの話じゃない。トライしやすくなれば、今までなら書籍化できなかったようなものも出せるようになる。だったらそりゃブログでいいじゃんという話もあるでしょう。ただ、そこはやはりちょっと違うのです。

文章を書いて読むだけなら、別にブログでもいいんです。多少文体などを意識的に使い分けてますけど、書いてる内容は雑誌も書籍もブログも変わりませんし、同じものが書けないということは決してありません。でもそこに敢えて「書籍」という形式を与えるのは何故かということですね。それはつまりパッケージングということだと思うのです。

ブログで書籍と同じような感じでまとめられるかというと、実は微妙です。そもそも日付順に新しいほど最新で表示されるとなれば、全10章のものを毎日1章ずつ書くとしてブログだと一番最初に目に入るのが最終章ということになってしまいます。変ですよねw 読書(ここでの書は本ではなくて正に文書の書)というタイムラインストリームを意識した形式にパッケージングしてやる必要があるのです。

編集さんやDTP屋さんなどは、読みやすさを作り上げてくれてます。著者が全てをコントロールしてるわけでもありません。やはり分業で成り立っています。一方で、その重さが制約でもあるのです。

上述のとおり、私は選択の幅が増えるほどより豊かになるのだと思っています。ですから、従来の書籍もいいし電子書籍もまた良しだと思います。色々あってみんな良い、のほうが健全だろうと感じます。

…個人的には、電子書籍でありながら従来通りの章立てだったり重量感だったりの文章量でリリースされるというのは、さてはてどうなんだろうなぁ? という気もしています。もちろんテーマや内容や目的などにも寄るのでしょうけど、もっとライトウェイトな感じのところからやっていくほうが、結果として破壊的イノベーションなるものに近づけるような気がします。書籍の単なる電子化に留まるのはつまらないというか勿体ない気がします。で、そういう新しい発想を実現するのは、従来の出版社や著者のようなメインストリームではなく、門外漢によって実現される気がします。

読んだあとで「そうそう、これが読みたかったんだよ!」って思ってもらえるようなものを提供できれば、あとは全て手段に過ぎないと、私はそう考えています。


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……魔法科高校の劣等生とかログ・ホライズンをネット上で先に読んで「面白い!」と思った身としては、紙かどうかとかプロかアマかとか関係ないよな、って思ってます。技術関連なんて自称初心者の方のブログのほうがよっぽど役に立つ時代ですよね。必要としてる人のところに適切に届けられれば、それでいいのだと思います。